〜亡き母との対話/生き方〜
私: いつもありがとう。
靈: 場所が変わっても、
健康で生き甲斐があれば良い。
人生はね、いくら頑張って求めても、
得られないものもある。
しかし、それが自分らしい人生だと思えると、
面白く見えてくるものだ。
私: なるほどな。じーんと胸に来るものがあるわ…。
母: わたしは自分の人生を振り返った時思うのは、
何もかも望んだ通りではなかったけども、
ひとつひとつ思い出がちゃんとあって、
それぞれに喜びを得られていたなぁと思える。
誰もがあれもこれも望むだろうけども。
時間は限られているから、
なんだかんだで全ては得られないんじゃないかと思うよ。
結果的には、喜ぶ時間を考慮すれば、数少なくても、
それは十分自分に見合う人生だったのだろうと思えてくるものだ。
そのことを悟れれば、
とてもありがたく良い人生だったと笑って言えるものだ。
わたしはそう思う。
私: 足るを知る生き方だな。
おれは欲張りだなぁ。
まだまだ足りない。
もっともっとやりたいわ。
やりたいことだらけだ。
母: あなたは、それが見合うんでしょうね。
だからいつも忙しく生きているんでしょう。
私: そうだな。
忙しく生きていたいんだろうなぁ、きっと。(笑)
たまには、一切何もしないでボーっとしていたくなるけどな。
母: まぁ、これからのことを考えると、
あまり無理しない生き方に変えていった方が望ましく思うな。
私: それは、どういうことだ?
母: 幾ら頑張ったとしても、
無理することで苦しくなるならば、
結果的に喜びが薄くなるからね。
苦しかったと思う記憶が多いと、
喜びは中和されてしまうものだ。
次へと繋がりにくくなる。
流れるように心地良い生き方が望ましいよ。
私: なるほどな、確かに…。
何もしたくない!と思うということは、
過ぎる状態であった因果だもんなぁ。
だから、バランスを取るために、
何もしたくなくなる訳だ…。
母: そういうこと。
ゆっくり楽しみながらがちょうど良い。
私: よくお袋も言ってたな。"一日一つ"って。それで良いと。
母: そう。無理しないで一つやったら、
もうやらないで、次の日に回すのよ。
そうすれば苦しくないし、
のんびりと他に楽しむことだけに時間を使えるでしょう。
私: そうだなぁ。
何かワ分かるようになっていた。ありがとう。
母: はいはい。またね。
2022.9.20 神人 拝
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