〜篩の仕組み〜
世間のほとんどが、
誰かの一思想(メディアやブログ)に
思考誘導された結果の己を観ていることが多いのではないでしょうか?
(※果たしてそれは"自分の意思"なのかどうか?)
わたしたちは日々、"思考選択の仕方"が試されています。
一つの事象に対して、一方からの視点だけでは、
真実を理解することは決して出来ません。
それは、言葉を発する側の思惑="印象操作が必ず入り込むもの"ですから、
偏った憶測、
都合のいい言葉の切り取り方、
尾ひれをつけた過剰表現…
というものが、世間には溢れています。
その目的のほとんどは、お金や人集め=社会からの評価なのです。
この世というものは、
あえて陰湿な見方をするならば、
善の仮面を被り、お金や人集めに固執し、人々を誑かす者たちが、
我が物顔で幅を利かせている世界のようにも見えてきます。
他人に対して、妬み、やっかみ、恨み、奢り、嫌み、不信感…、
といった悪しき負の連鎖を拡散している者たち
(魔の下僕たち)が混在しているのです。
靈界でも現界でも、似たような事象と繋がる=「鏡の仕組み」、
又は、類は友を呼ぶ=「同類の仕組み」があり、
いずれもみな必ず学ばされることとなります。
いわば誰もがみな"分相応の経験をする因縁因果"なのです。
わたしには、今顕れている全ての事象が、
"篩の仕組みの雛型"に見えます。
*真偽のほどは個々で自問自答下さい。
みなみなうれしうれしたのしたのし
かわるかわるありがたいありがたい
おーーーうーーー
おーーーうーーー
おーーーうーーー
神人 拝
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