〜父との対話〜
二年目となる母の命日に買った花瓶の花も、
暑さ続きと共に日々本数が少なくなり、
代わりに哀しげだった父の様子もようやく落ち着いてきた昨日。
デーサービスが入っていないため、
父の鑑賞用のDVDを図書館に借りるために、
久し振りに二人だけで出かけました。
この騒動により数ヶ月間、
仕事がなかったことを、
もしかしたら親として心配しているのではなかろうか?と、
ふっと気になり、日頃あまり親子の会話らしい会話もない中、
おもむろに助手席の父に話しかけました。
私:ここ2〜3ヶ月で有難いことに、
著書が物凄く売れているとのことだ。
出版社も創業始ってないほどの勢いで、
毎日売れ続けていると喜んで下さっている。
きっとたくさんの方々が、
口コミして下さったり、
大量購入して頂いたりと、
知らない所でも応援して頂けているのだろう。
お陰様で今このような御時世でも、
こうして生きてゆけることは、
本当にありがたいことだ。 と、信号待ちの際、
パーキンソン病と軽い認知症を患う82歳の父に対して、
会話を投げ掛けると、思いがけない言葉が、
助手席からポツンと静かに、ひと言だけ返ってきました。
父:大したもんだ。 「どんな生き方をしても良い。
親として可能なかぎり応援する。
但し、ヤクザと犯罪者にだけはなるな。
警察沙汰になったり親に迷惑を掛けなければ、
何をして生きても良い。」
わたしが小学校を卒業する時に、父から言われた言葉です。
振り返れば、中学生時代、大した取り柄もなく、
成績も最下位から何番目かだったわたしが、
転校を期に、中3の頃毎日5〜6時間、
自宅で自主的に猛勉強し、
田舎では比較的に難易度の高い高校へ、
奇跡的に受験合格できた時以来、
父に褒められました。
あの時もひと言「よく頑張ったなぁ」だけでした。
わたしは、またいつの日か何処かで、
教員生活を真面目に送った両親とは、
全く価値観の異なる生き方を、
奇想天外な靈媒師という自分の人生を、
もしかしたら、褒めてもらいたかったのでしょう…。
「大したもんだ」 わたしにとって生涯忘れることのない、
掛け替えのないひと言となるでしょう。
心の中の何かが大きく変わりました。
これも偏に御縁頂きました皆々様方のお蔭です。
お一人お一人からの御力添えに心より感謝申し上げます。
本当にどうもありがとうございます。
そして何よりも日々父の介護と、
わたしを支え続けてくれる妻に深く感謝します。
どうもありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
2020.6.16 神人 拝
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